講義の説明

情報更新日:2017/12/02

脱サラ農家の逆車線人生学

梁寛樹
千葉県館山市 / RYO’S FARM
  • はじめる学科
  • 新規就農学類
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みなさんは、農的暮らしや新規就農について、こんな悩みを抱えていませんか?

・農的暮らしに興味があって、新規就農も考えたいけど、どこから手をつければいいのかわからない…。
・田舎暮らしには憧れるけど、地域との関わり方がよくわからない。結構苦労するって聞くけど…。
・新規就農しても、どんな農作物を扱えばいいのかわからない…。
・これからの農業は農産物を作るだけではなくて、加工や販売先の開拓が重要だと言われるけど、どうやったらいいのかわからない…。
・家族が新規就農に反対なんだけど、やっぱり農業がやりたい!

実は、同じような悩みをRYOさんも持っていました。26歳の若さで新規就農してから5年目の現在、多くの悩みは解消されつつあります。もちろん新規就農に至るまでや、就農してからも紆余曲折、全てが順調だったわけではありません。

現在、RYOさんは「パッションフルーツ」を専業する農家として、館山のみならず、青山ファーマーズマケットなど、都内のマルシェでもその存在感が光っています。しかし、農業を始めた頃から「パッションフルーツ」を栽培できたわけではありません。 

館山に移住し、地域おこし協力隊(※)の農業担当となり、最初に携わったのは地元の野菜農家でした。そこから「パッションフルーツ」に辿り着くまでには、様々な苦労と、地域での貴重なご縁の数々があったそうです。RYOさんはこう語ります。

「どうせゼロからやるなら人と違うことがやりたかったんです。異業種から新規参入した者として、自分だからこそ感じる違和感を大切に、新しい農業にアプローチしていきたいですね。自分のやり方が唯一の正解だとは全く思いません。農業にはいろんなやり方がありますが、自分がこれまでやってきたことが、これから新規就農を考える人たちの参考になれば喜んで何でも話します!でも、パッションフルーツ農家が増えちゃうと、競合しちゃって困っちゃいますけどね(笑)。」

RYOさんの次の言葉がとても印象に残っています。

「週末に都内のマルシェから車で館山に帰るとき、アクアラインの上り車線はすごく渋滞しているんですよ。高速で反対車線が混んでるところを自分は逆車線をスイスイ走っている、そんな生き方がしたいんです。」

そんなRYOさんの生き方を、当講義では「逆車線人生」と名付け、農業経営に留まらず、ライフスタイルまで含めたこれまでのの軌跡と、今後の更なる進化の過程を伴走していきます。

RYOさんは現在の農家生活とサラリーマン時代の「人生の快適指数」を比較するとと、現在の農家生活の方が10倍快適なんだそう。このRYOさんの快適な暮らしの秘訣や、「農家になる前に、サラリーマンをやっていて本当によかった!」というサラリーマン時代の経験がどう新規就農に生きたのか?新規就農者だからこそできる農作物の選び方、加工品製作や販路開拓のしかた、そして地域との関わり方に至るまで…。なかなか聞けない農的暮らしの実態と新規就農のノウハウ、生きるヒントが満載です。

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※地域おこし協力隊:人口減少や高齢化等の進行が著しい地方において、地域外の人材を積極的に受け入れ、地域協力活動を行ってもらい、その定住・定着を図ることで、意欲ある都市住民のニーズに応えながら、地域力の維持・強化を図っていくことを目的とした制度

 

梁寛樹
千葉県館山市/RYO’S FARM

1985年、東京都杉並区生まれ。中学高校は早稲田実業でラグビー漬けの日々を過ごす。早稲田大学国際教養学部卒業後、住宅設備機器の製造メーカーに就職。週末は館山で趣味のサーフィンを楽しんだり、区民農園で野菜を育てたり。この頃から少しずつ農的暮らしに興味を持ち始める。WWOOFを利用して小笠原諸島の父島で農業研修を体験した後、26歳の時に一念発起し、退職金とわずかな貯金を頼りに、館山市に移住。館山市の地域おこし協力隊、農家での研修を経て、26歳で新規就農を果たす。 現在、館山市で15アール(1,500平米)、250本のパッションフルーツを栽培。育苗から栽培・収穫・販売、加工品の製造・加工・販売まで全ての工程だけでなく、ブランディング、PRなども一人でこなす。 プライベートでは3年前に結婚。奥様はまだ東京でバリバリ働いていて、現在は週末婚。波の状況、畑の様子、そして奥様の機嫌を見ながら、日々大好きなサーフィンと農作業に明け暮れる。