講義の説明

情報更新日:2018/02/23

ヤンチャわたるの先読み農経営学

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静岡県、森町(もりまち)。古くは、遠州の小京都と謳われた風情豊かな町ですが、都市一極集中という時代の波にのみ込まれ、今では人口1万8千を切る静かな田舎町の一つとなっています。

この町の主要産業は農業。森林を除いた土地の3分の1以上が農耕地です。人口が減り続ける中、迫りくる課題は山積みでした。収入の減少、農業従事者の高齢化、後継者不足。そんな中、いよいよ森町にも市町村合併の話が持ちかかったのは平成16年のことでした。

そのとき、「自分たちの町は自分たちで作り上げる」と、一際大きな声を上げた男がいました。その名は、鈴木弥(わたる)。

折しもバブルの時期、高給を約束されていた建築の仕事を離れ、ふるさとに戻り家業に就きました。「若い担い手が、地域の農業を変える」そんな志を胸に抱いて。

小さなプレハブ(当時まだオンボロだった小屋!)で直販をする傍ら、農業のイロハを学びました。その当時から鈴木さんが目指していたことは、余裕ある収入を実現する「儲かる農業」を構築することでした。

3年間の苦労の末に編み出したのが、お父様の代から数えて30年。長い苦労の末、ついにそれを実現する「三倍農法」を確立します。なんと、1枚の水田で、レタスとトウモロコシ、米の三毛作を実現して見せたのです。すかさず、この農法を森町の各農家に教えて広め、地域の農家収入を飛躍的に向上させました。

平成8年には、父から子へ経営移譲。経営者となった弥さんが次に目指したのは、この町を代表するブランド作りでした。日々研究と実験を繰り返し、ついにトウモロコシが一番甘くなる「採り旬」のタイミングを発見します。究極のタイミングで収穫されるトウモロコシは、糖度が20度前後もあり、ジュースの様でした。これが、かの有名な「甘々娘」です。今ではその認知度は全国区となり、最盛期には朝の4時前から行列を産み出すほどの一大ブランドになりました。

かくして、弥さんが家業を継いでから10年間で、経営面積は約2.5倍、売上高は約2倍となった鈴木農園。平成26年には農家の一大目標である法人化も果たします。平成29年度の年商は1億8千万円を超え、その勢いは止まることを知りません。

それでも、まだまだ森町でやるべきことはたくさんあると語る鈴木さん。「やっと地域貢献ができる段階に入りました。若い人にどんどん担い手になってもらって、地域全体の経営規模も大きくしたい。未来の地域の担い手を育む、小学生を対象とした農業授業も始まったばかりです。森町を好きな人が増えてくれれば。」

地域を良くする努力を怠らず、人との繋がりを人一倍大切にする姿勢に、お客様だけではなく、従業員や地域の皆さんもファンになってしまいます。ですが、その本質は、相場師のごとく常に先を読むクレバーな経営者。

農業経営の本質とは?そのために、今、何をすべきか?

この講義では、零細農家だった鈴木農園が法人化を果たし、地域農業のリーダーとなって全国に名を馳せるようになるまでの軌跡を一つ一つ追っていきます。

農業を始めたばかりの方も、ベテランの方も。あなたが今どの段階にいらしても、自社の経営に取り入れられるエッセンスが満載です。

鈴木弥
静岡県周智郡森町/農業生産法人 遠州森 鈴木農園 株式会社

農業生産法人 遠州森 鈴木農園株式会社 代表取締役。Fujinokuni Agriculture School 理事。1975年静岡県周智郡森町(もりまち)生まれ。農業高校を中退後、一度は建設業に従事。キャリアが10年を超えた28歳の頃、当時まだボロボロの小屋だった実家の直売所に、トウモロコシを買いに来たお客さんで列ができているのを目の当たりにし、会社を辞め、即、就農。下積みを経験し、実家を継ぐ。余裕ある収入を実現する「儲かる農業」を構築することを目標に経営拡大に専念。 水田で、レタスとトウモロコシ、米の三毛作を可能にした「三倍農法」を提唱。地元農家の生産性アップに貢献してきた。次いで、トウモロコシの中でもとびきり甘いと言われる「甘々娘」の生産を手掛け、全国区のブランドへと押し上げ、森町イチの農園となる。2014年に法人化を果たし、直近の年商は1憶8千万円を超えるなど、破竹の勢いで成長中。 近年では、地域活性化にも尽力。農業小学校(主体はJA)や婚活イベントにも取り組んでいる。 「森町のこの景色を次世代に繋いでいくこと」が使命。今も、森町の農業を「強く、儲かる」ように様々な施策を打っている。そんな鈴木さんの元には、日々、農業関係者が県内外から相談に訪れる。 人との繋がりを何よりも大切にし、「ヤンチャわたる」として広く親しまれている。