講義の説明

情報更新日:2019/01/18

未来の種を蒔くわさび栽培学

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兵庫県豊岡市神鍋(かんなべ)高原の麓、日高町にある十戸地区は、火山群の断続的な噴火によってもたらされた湧き水に恵まれた集落。地域内には水路が張り巡らされ、農業用水として利用されているほか、各家にはこの湧き水を利用した「川いと」と呼ばれる洗い場が備えられ、生活用水としても大切に守られてきました。

この地には豊富な湧き水を水源として、300年前からわさびの栽培をしている農家がいます。「北村わさび」の敷地の奥にある扉を開けると、そこには約33アールのわさび田が一面に広がり、清らかな水のなかで力強く育つわさびを間近に見ることができます。水深約15センチのわさび田には、ゆるやかな傾斜をつたって常時水温13度の湧き水が流れていて、冬でもその水温は一定に保たれています。

育苗期間中以外は肥料も必要なく、栽培期間中農薬不使用。湧き水だけで育つわさびですが、「北村わさび」の代表を務める北村教授が手がけるのは、すべて自家採種した種で栽培されたもの。「北村わさび」では、約60年前から種採りを行っています。地域の気候風土や環境になじみ、自然に交雑を繰り返しながらわさび田で代々受け継がれてきた種は、消えてしまえば二度と出会えない、その土地ならではの貴重な財産です。

けれど、その種をひとつの農家がひたすら守り続けていくことだけが大切なのではなく、できるだけたくさんの場所で栽培してもらい「種とりびと」を増やすことが、種を未来へ継承していくことにつながると語る北村教授。世代を越えて人から人へ、見知らぬ土地へと旅をしながら、命は継がれていくのです。

「2017年の秋から、わさびの種や苗がほしい人におすそ分けして、身近な里山に植えてもらう活動もスタートさせました。わさびの根(本わさび)を収穫できるまでに育てるには、渓流沿いなど水のある場所が必要になりますが、まずは花や葉わさびなどが楽しめるわさび野づくりを行うことで、里山の環境保全にもつながるのです」

家業として受け継がれてきた伝統的作物を守り、その利益を得ることだけに終始するのではなく、種や苗を共有して未来へ伝える活動にも力を注ぐ北村教授の講義には、新規就農者にとっても励みになる珠玉のヒントが詰まっています。

「小さな農家はいつ消えてもおかしくありません。人生はどこかにこぼれ落ちる種のようなもの。生きるために必要なこと、大切なものは自分の足元に転がっています。与えられた運命をいかに楽しむか。それは自分次第です」

100年先も持続可能な農業を実現するために、小さな農家ができることとは? わさび栽培に心血を注ぐ北村教授とともに学んでいきましょう!

北村宜弘
兵庫県豊岡市/北村わさび 代表

1975年、兵庫県豊岡市のわさび農家に生まれる。日本大学農獣医学部(現生物資源学部)に進学後、帰省時に久しぶりにわさびを口にしてその美味しさに驚き、家業を継ぐ決意をする。大学卒業後は代議士秘書、IT企業、広告代理店で営業経験を積み、2003年に帰郷。「北村わさび」を継ぐ。「日本一低いわさび田」では、自家採種によるわさび栽培を実践。伝統農法で手塩にかけて育てたわさびの出荷は全国に及び、料理人からも高い評価を得ている。日本をはじめ海外での栽培指導、在来種わさびの保存や苗を植えることで里山整備にも寄与する「里山わさび復活プロジェクト」、養鱒場の跡地を活用してクレソン栽培を行い、環境保全に貢献する「清水池の再生プロジェクト」など、持続可能な里山・わさび・地域づくりにも取り組む。見学会やイベントなどを通して農家と学び合う「わさび田の学校」では、”農”や”地元の魅力”を発信しながら、次世代に向けた新たな交流を育んでいる。