講義の説明

情報更新日:2018/12/06

持続可能な有機種子学

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農産物をはじめとする食品、化粧品、衣料品など、さまざまなものに有機(オーガニック)という言葉が広く認知されるようになりました。「自然や環境に配慮してつくられ、安心安全でからだにやさしい」というイメージで、有機栽培で作られた農産物を選ぶという人も多いのではないでしょうか。けれど、その有機野菜や果物は、有機の種から作られたものとは限りません。

日本の有機JAS法は「食品」を対象にしており、「種」は有機認定の対象になっていません。「種の定義は非常にあいまいです。例えばコメや麦、大豆などは、そのまま調理して食べれば“食品”ですが、大地に播いて育てれば“種”になる。有機農業を推進するために食品に有機認定があって、同じ農作物である種が有機認定の対象でないのはおかしいのではないか」と語る松崎英教授。

オーガニック先進国といわれるヨーロッパでは、欧州連合(EU)理事会が定めた基準をもとに有機認証制度が実施されています。収穫した作物のみならず、種子もその対象になっていて、欧州連合加盟国の中で有機種子の生産者と在庫情報はデータベースで管理されており、有機農業生産者はデータベースにアクセスし、原則として有機種子を購入することが義務付けられています。農薬や化学肥料を使用していないことはもちろん、採種後に化学的な消毒が行われていない、遺伝子組み換えが行われていないことなどもヨーロッパ有機認証の有機種子の条件です。

「アメリカでも有機種子のデータベース化はすでに始まっています。日本の種に対する有機認定制度は立ち遅れているのが現状です

松崎教授は、持続可能な農業における有機種子の役割に重要性を感じ、有機種子の販売会社を設立。国内で初めて、有機認証を取得した種子を販売することに挑みました。順調に営業活動を続けるなかで、輸入有機種子だけでなく、日本の気候風土に寄り添いながら昔から栽培され、受け継がれてきた伝統野菜の種(在来種)や固定種を販売してほしい、との要望が多くなってきたといいます。近年、技術革新によってさまざまな改良が加えられ、特定の病害虫に耐性があり、安定した品質や収量が見込めるなどの特長をもつF1種(一代交配種)の登場により、収量が安定しない、形が一定でないなどの理由で、スーパーで大量に販売することに向かない伝統野菜は年々減少の一途をたどっています。

「F1種は特定の環境下において生産性が高いですが、異常気象や自然災害などの環境の変化に強いとはいえません。むしろ、在来種のほうが自然の中で生き延びる力があります。現代の、増える人口の胃袋を満たすために、大量生産に強いF1種が必要ではありますが、在来種という遺伝資源を守ることも大切です」と語る松崎教授。そこで、テクノロジーとは上手に共存しながら、固定種・在来種を後世に遺し、受け継いでいく「SAVE THE SEED(セーブ・ザ・シード)プロジェクト」を立ち上げました。

「固定種・在来種だけで、すべてをまかなうことはできません。けれど、このままF1種だけの世界になってもいいのか、というと、それも正解ではない。固定種や在来種を絶やさず、採種を行う農家から適正な価格で種を買い取り、販路を拡大することで、農家も種も守りたいのです」

そして「“有機種子かどうか”、“F1種か、固定種か”という枠組みではなく“持続可能かどうか”を考えていくことが大切だと思います」

日本でも、今後オーガニックへの理解がますます高まり、本物の安心・安全を求める声が大きくなっていくのは必至です。有機栽培に興味と関心を持っている新規就農者をはじめ、すでに有機栽培を実践している人も、講義記事を通して「種から始める有機栽培と持続可能な農業」について考えてみてはいかがでしょうか。

松崎英
神奈川県厚木市/グリーンフィールドプロジェクト 代表

1970年福岡市生まれ。アメリカの大学で経済学を学び、卒業後は外資系金融機関に勤務。メキシコ駐在時代にはフェアトレードや有機(オーガニック)農産物などに関心を寄せ、少しずつ農業に興味を持ちはじめる。2009年には家庭菜園の趣味が高じて本格的に農業分野への転身を決意。今後のビジネス展開を視野に入れて、友人が経営する熊本県天草市の種苗店で働き始める。その後、取引先の担当者からヨーロッパの有機種子の情報を入手したことが大きな転機となり、2012年、有機種子販売会社を設立。日本で初めて、そして唯一のヨーロッパ有機認証を正式に取得した有機種子の輸入・販売会社となる。販路も順調に拡大し、2017年には神奈川県厚木市に本社を移転。持続可能な農業の実現のために有機種子の販売だけでなく、様々なイベントやセミナーを通じて有機種子の重要性を伝えている。また、消えゆく日本の在来種を後世に継承することを目的とした「SAVE THE SEED(セーブ・ザ・シード)プロジェクト」を立ち上げた。