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2021.4.22

豚舎が臭わない!放牧肥育が産んだ新・畜産スタイル

(取材:20186月)

独自の新鮮な発酵飼料を自社で製造して、豚たちにできるだけストレスの少ない環境を与えている日本畜産の瀬戸牧場。ここでは一般的な養豚場とは大きく異なる光景が広がっています。一体ここではどんな環境で豚を育てているのでしょうか。

瀬戸内にある福山の養豚場

晴れ渡った空の下、広島県福山市の日本畜産の瀬戸牧場にやってきました。福山市は瀬戸内海がほど近い、温暖な気候の人口約47万人の広島第2の都市です。

瀬戸牧場は、そんな福山市中心部の福山駅から車で約15分の位置にあります。一般的に、養豚場というと動物特有の臭いから人が住んでいる場所から離れたところを想像しますが、ここは団地・住宅街を少し抜けた先にありました。

日本畜産株式会社の瀬戸牧場は、全体で約3000頭の豚を飼育しています。これは広島県内トップクラスの規模です。豚の繁殖と生産から独自のこだわりで食の事業を展開する同社は、食肉加工や手作りチルド惣菜など食の分野において幅広い仕事を手がけ、地元のみならず東京のレストランや飲食店にも各商品と豚肉を卸しています。

2017年には瀬戸のもち豚せと姫が『くさみがなく口の中で溶けるような肉質』と称されて福山市の都市ブランド戦略の一つの福山ブランド認定(※1)を受賞しました。

瀬戸のもち豚せと姫はこの瀬戸牧場で育てられています。せと姫になる約300頭のメス豚たちも、ここでのびのびと育てられています。

住宅街の先にあるとはいえ豊かな自然にかこまれた瀬戸牧場。しかし、牧場の入り口まで来てみると「ここは本当に養豚の牧場?」と感じるほど、豚特有のにおいがしないことに気がつきました。

いろいろな期待が高まる中、さっそく牧場長の小林太一さんに豚舎を案内してもらいました。

豚との超至近距離コミュニケーション

「うちの豚さんは、普通の養豚場と比べてとっても人懐こいんです」

豚に”さん付け”をして呼んでいる小林さん。商品である前に動物として敬意を評してることであろうことが伝わってきます。
豚についての話をしながらおもむろに豚舎の柵の中に入っていくと、あっという間にこんな状態に。

今日も人間の友だちが来てくれた!と言わんばかりに、大勢すり寄ってくる豚さんたち。その姿に応えるように、思いきりたわむれる小林さん。

「よしよーし!いい子だね!お前もお前もちゃんと元気にしていたかな?」

この牧場では、この距離で豚とコミュニケーションを取っているんです。軽くなでてさわる程度ではなく、服が汚れることを気にせず、全身で接っしていくその姿はあのムツゴロウさんを彷彿させます。

「ちゃんとご飯も食べているね?しっかり食べて元気に育っていくんだよ!」

近づいてきた一匹一匹とマンツーマンで話していく小林さん。まるでこの姿は学校の教室に来てクラスの仲の良い友だちと接しているかのようです。

ひとしきり交流し終えると、小林さんは奥の豚舎の方に歩き出します。すると、鳥の親子のようにそのあとをついていく豚さんたち。

僕を置いて行かないで!とばかりにあとをついていく姿に微笑ましさを感じました。その姿から本当に懐いているのだなということが伝わってきます。
豚舎の奥では、入り口以上の数の豚さんたちが友だちの来訪を待ち構えていました。

「よーし!よし!みんないい子だね!みんな今日も元気そうで良かった!」

まさか家畜とこれほど密なコミュニケーションを取る養豚場があるとは…ちょっと想像を超えていました。この姿を見て決して豚はどう猛な生き物ではなく、とっても無邪気でやさしい動物だと思える人も多いのではないでしょうか。

「僕自身、この業界にくるまでもともと動物が苦手だったんですよね。どうやって接したらいいのかわからなかったというか。
でも、牧場にきたあととなったら、どんな風に豚さんたちと接していくのか手探りでやっていくしかなかったんです。毎日彼らと向き合っていくうちに、気がつくとこの距離の付き合いになっていました。」

ストレスを感じさせないほど広い「放牧肥育」

まさかこれだけ至近距離で豚さんとコミュニケーションを取る畜産の現場があるとは、思ってもいませんでした。この次に驚いた点は、豚舎の広々とした空間です。
一般的な豚の家畜小屋は、歩き回ることもできないくらい狭い鳥のブロイラーのような場所だと思っていました。しかし、ここでは自由に追いかけっこができるくらいの広大なスペースが広がっているのです。

「うちではまず、豚さんが一番長く時間を過ごす飼育環境を大事にしています。人間でもそうだと思いますが、どんな場所・空間にいるかで普段の気分や機嫌も変わってくると思うんですね。
それによって、育ってくるお肉の美味しさにも影響が出てくると思うので、よりストレスが少ないない環境づくりで放牧の肥育をしています。ここでは、 1頭あたりの面積が一般的なものの3,4 倍ほどある畜舎なので、とてものびのびと育っていけます。」

確かにこれだけのスペースがあれば、自由にのびのびできそうです。取材中も畜舎内を走っていく豚の姿を何度も見ましたが、野生の動物ではない家畜として飼われている動物が、全速力で走る光景は初めてみました。

聞くところによると、豚たちも誰と仲が良いかで普段過ごす場所やグループが決まっているとのこと。これだけ広いとはいえ、やっぱり自分が過ごす場所や仲の良いグループがあるものなのですね。

特製のウッドチップで敷き詰められた「バイオベッド」

畜舎の広さの次に気になったのは、この豚舎内の臭いのなさです。
車で牛や豚が飼われている近くを通ると「きっとこの近くに牛小屋があるんだな」と、すぐに分かるくらい動物特有の臭いがあるものですが、この瀬戸牧場ではその動物臭がほとんどありません。

「初めて来られた人は、みなさん共通してこの臭いのなさに驚かれます。その秘密はこの畜舎の敷き詰められた床にあるんです」

よく見てみると、一般的な畜舎では見慣れない木くずのようなものが彼らの足元に敷き詰められています。

「これは、当社のバイオベッドという特製の床です。床一面にバーク材(間伐材のウッドチップ)を1メートルほどの深さまで敷き詰めています。
このウッドチップの中にいる微生物の働きによって、豚さんの排泄物を自然分解されます。このおかげで消臭効果が生まれて、豚舎特有の臭いが少なく、快適な住環境をつくり出しています。」

実は牧場が臭うのは、牛や豚自体の体の臭いがきついわけではなく、彼らの糞尿が溜まってきつい臭いになっているそうです。その糞尿をしっかり分解する環境がすぐ足元に広がっているから、全く匂いがしないのですね。

これが業者から知れているバーク材の山。このウッドチップのバイオベッドを導入する前までは、スノコ式の床(スノコ状にした床を通してふんを下に落とす方式)だったとのこと。その頃は、豚舎特有の臭いが周辺に広がり、近くの住民たちからの苦情の声が多かったそうです。ここ瀬戸牧場は、福山市中心部の福山駅から車でたった約15分の位置にある住宅街団地を抜けた坂にある牧場です。

その昔、スノコ式でやっていた頃は、牧場から半径3~5キロ圏内にまで臭いが広がってしまい、臭いが原因で近隣の住民や団地の方々との関係まで悪化してしまった時期もあったそうです。
そうした経緯もあって、この消臭効果のあるバイオベッドを導入。そこから年に1回のペースで近所の団地にお住いの方々をお迎えして「瀬戸牧場視察の会」をはじめました。

近くに住んでいる方々へ臭いの配慮をしていることを説明する機会をもうけていくうちに、少しづつ関係も良好になってきたそうです。そのときに、近隣の住民が小林さんと豚との写真をわざわざプリントして持ってきてくれた、というあたたかなエピソードを聞きました。

「やっぱり、地域に住んでいる方の理解があってこその牧場や商品だと思っています。品物を届ける消費者さんだけでなく、これからもここで安心・安全なお肉をお届けしていける牧場経営ができるように、育てている豚さんや近隣の方々への環境配備には、常に気を配っていくつもりです。」

まずは、住環境を整えてあげること。
自分たちのみならず、地域の中で生き物をあつかって育てている意識があるからこそ、周囲への気配りも忘れてはいけないのですね。

 

□講師プロフィール

小林太一 (広島県福山市/瀬戸牧場長)

”瀬戸のもち豚せと姫”を生産する日本畜産株式会社・瀬戸牧場の牧場長。養豚業は6年目。 飲食業から養豚業に入ったときは全くの素人からのスタート。それが故に”鼻と鼻を突き合わせた距離”で豚との毎日を過ごし豚たちから多くのことを学ぶ。自家製の発酵飼料である”リキッドフィード”と”ストレスフリーの放牧肥育”で県内で唯一無二の豚肉を生産。2017年に瀬戸牧場産の”瀬戸のもち豚せと姫”が福山ブランド認定を受賞。より美味しい豚肉の生産とともに若者が輝くことのできる職場づくりを日々実践している。